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東京高等裁判所 昭和38年(ラ)609号 決定 1964年4月01日

抗告人 本田次男(仮名)

相手方 本田清子(仮名)

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

抗告代理人は原審判の取消を求め、その理由は別紙「抗告の理由」記載のとおりである。

よつて審按するに、

(抗告理由の第一点について)

家庭裁判所は、家庭に関する紛争に対し非公開の手続によつて事案に則した適切な解決を与えるため他の裁判所には認められていない特別の調査機能を与えられているのであるが、一般に、夫婦間に紛争が発生してから家庭裁判所に持込まれるまでには既に相当の時日を経過しているので、裁判所の前示調査機能は極めて重大な役割を果すものといわなければならない。しかも、紛争の当事者になお婚姻関係が継続し夫婦としての身分関係が存続するかぎり、相互扶助、婚姻より生ずる費用の分担等の権利義務もまた存続すべきものであること多言を要しないので、家事審判法が、婚姻より生ずる費用の分担に関する処分をいわゆる乙類審判事項と定め家事調停または家事審判の対象としたのは単に調停成立時または審判時以後の負担関係だけにとどまらず、その以前にすでに発生した費用であつてもその分担について争いがあるかぎり家事調停または家事審判によつて確定させるのが適当と認めた趣旨であると解すべきであり、また、事柄の実情にもかなうわけである。この点に関する抗告人の主張は採用することはできない。本件について考えて見ても、記録によれば、相手方は昭和三二年一〇月頃から抗告人と別居し、両名の間に生まれていた未成年の三子を自らの手で養育してきたものの、遂に負担に耐えかね、昭和三六年八月三一日原裁判所に対し、同年九月以降の婚姻費用分担の調停を申立てたものであるから、これを審判の対象としたことにつき原審判には何ら違法はないのである。

(抗告理由の第二点について)

原審判の主文第二項は、抗告人において毎月相手方に支払うべき金三万円の養育料につきその終期を明示していないことは、抗告人主張のとおりであるが、審判時においては、婚姻費用の分担関係の基盤となる婚姻関係が果していつまで存続するか予測しがたいばかりでなく、婚姻費用の額や夫婦間の分担能力についても変更が予想される。そして、このように婚姻費用分担についての審判がなされた後に事情の変更を生じた場合には、当事者の一方は扶養の場合に準じて家庭裁判所に対し随時審判の変更を請求し得るものと解するのが相当であるから、将来にわたつて婚姻費用の支払を命ずる審判においては、その終期を定めない方がむしろ現実の事態に適応するものであり、かつ制度の趣旨にもかなうものというべきである。したがつて、抗告人のこの点についての主張も採用に値しない。

(抗告理由の第三点について)

抗告人は分担額の不当を主張するけれども、記録に現われた一切の事情を比較検討すると、この点に関する原審の認定は正当である。

なお、相手方は、当審において数次にわたり書面を提出しておりその内容を検討するに必ずしも原審判に満足しているものでないことがうかがえるけれども、直ちに付帯抗告ありとみなすことは困難であり、新しい証拠調の申出もなく、これを要するに、相手方の上申書提出の趣旨は一日も早く原審判が確定し、抗告人から金員の支払を受けることを望むにあるものと思料する。

けつきよく、本件抗告は理由がなく棄却すべきものである。

よつて主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 市川四郎 裁判官 中田秀慧 裁判官 吉田武夫)

別紙

抗告の理由

第一、原審判はその審判書主文第一項において抗告人に対し、当事者間の長女良子、次女民子及び長男一郎の養育費として金二四万八、〇〇〇円を一時に支払うことを命じているが、これは家庭裁判所の審判権限を逸脱した違法のものである。

右の養育費は相手方が本件申立(昭和三六年八月三一日)以降本審判に至るまでの間に生じたもので、所謂過去の婚姻費用に該当するものである。しかし、養育費というものは絶対的定期給付債務であるから、現在の費用をもつて過去における子女の養育をなすことは不可能なことでありで、養育を必要とする時期の経過により、それまでの養育費は損害賠償債権に転化するものというべきである。してみると、かような過去の養育費の数額の確定即ち損害賠償請求債権の存否及びその範囲の確認ということは民事訴訟手続上の判断事項であつて、審判事項に属しないものというべきである。

何故ならば、乙類審判事項は将に対する形成処分に限られるものであるから、婚姻費用としての養育費の分担について、乙類審判事項として家庭裁判所の審判の対象となるものはその審判時以降の将来に対する養育費の分担のみであり、過去の養育費の額数の確認等はその対象とならないからである。(東京家裁昭和三一年三月一七日審判 家裁月報八巻五号五〇頁参照)

従つて、過去の養育費の数額の範囲を本件審判手続において、確定し、かつその支払を命じた原審判はその審判権を逸脱したものであつて違法なものというべきである。

第二、原審判は、さらに審判書主文第二項において抗告人に対し、当事者間の次女民子及び長男一郎の養育料を昭和三八年一〇月以降毎月一五日限り金三万円を支払えと判示しているけれども、これは抗告人に対し、右子女の成年に達した後まで無期限にその養育料の支払を命ずるものであつて不当なものというべきである。

成年者たる子と未成年者たる子とに対する養育、又は扶養の義務は本質的に異なるものであるから、その給付の内容方法等も自から異なるものと考えられる。

従つて、本件のように未成年の子供等に対し継続的な養育料の支払を命ずる審判においては、他に特段の事情がない限り、給付義務の期間を具体的に例えば「成年に達するまで」というように明示するのが相当と解すべきである。(東京高裁昭和三七年三月一九日決定 判例時報第二九六号一二頁参照)

しかるに原審判は何等具体的期間を明示しないで単に将来毎月三万円の養育料を支払えと命じている。

これでは抗告人に対し、終身の養育料支払義務を認めたもののように解され(勿論「成年に達するまで」という制限を付した趣旨と解されないでもないが)将来において抗告人に過大の支払義務を負担させる結果となるおそれがあるから、原審判が支払期間を明示しなかつたのは不当というべきである。

第三、原審判における抗告人に対する婚姻費用の分担は、抗告人の支払能力を過大に評価した不公平なものであり、また抗告人としては原審判のごとき養育費を支払うことは現在の支払能力からして到底不可能なものであるから、原決定は不当なものとして取消されるべきものである。

以下その理由を陳述する。

一、抗告人の資産及び収入状況

(一) 原審判は抗告人の現在の実質的収入は一ヵ月約八万円に達するものと認められる旨判示しているけれどもこれは事実に反する。抗告人は右判示のごとく、海産物卸売業を目的とする有限会社○○○○商店の代表取締役として毎月七万円の給料の支払をうけているけれども、これより、所得税、区民税、国民健康保険料、厚生年金保険料等を控除すると、その手取額は金五万八、〇〇〇円前後である。

しかも抗告人には右収入以外に不動産、銀行預金等の資産は全く有していない状況にある。

かように抗告人が無資産であるということは結局、抗告人が三人の子供等の養育のために資産を蓄積する余裕すらなかつたからである。

(二) そして更に、原審判は前記会社は個人的会社であり、毎月の一万円ないし二万円の生活費の不足は会社の交際費ないし、接待費の名目において抗告人が捻出し得る旨判示しているけれども、しかし、前記会社においては抗告人のほか取締役、監査役各一名の役員と、一二名の従業員がその業務に従事しておるのであるから、それをもつて単なる個人会社と判断することは失当である。

従つて、抗告人が勝手に経理会計を牛耳ることができるということは不可能なことなのである。

勿論、これまで抗告人は三人の子供の養育のために、前記会社より、交際費、接待費名義が一、二万円の金を自分の生活費のために流用したことはあるけれども、しかしこれはあくまで違法な手段であつて、会社の正常な経理事務の点から許されるべきことではなく、とくに会社の経理を公認会計士に一任している関係上、代表取締役としても、かような勝手のことはできない状態にある。

(三) ところで、抗告人は現在○○○病院において病気療養中の長女良子を引取り養育しているために、毎月その入院治療費等の費用約二万円ないし二万五、〇〇〇円を負担せねばならないので、それを前記給料より差引くと金三万三、〇〇〇円ないし三万八、〇〇〇円しか手許に残らないことになりこれよりさらに、次女民子及び長男一郎の養育費として毎月三万円を負担せねばならないとしたら、僅か金三、〇〇〇円ないし八、〇〇〇円でもつて自己の生活費を賄わなければならないことになるが、しかし、それだけでは何としても、自己の生活ないし会社の代表者としての地位にふさわしい生活を維持することは困難である。

(四) かように抗告人には会社の給料以外には何等収入の途がないのであるから、一時に過去の婚姻費用として金二四万八、〇〇〇円をそしてさらに今後毎月金三万円の割合で養育費を支払うということは到底困難ないしは不可能なことというべきである。

(五) なるほど、抗告人はこれまで、三人の子供等の養育費として毎月金三万円ないし四万円を支払つてきたこともあるが、しかし、これは抗告人が相手方より懇請された結果、同人との離婚訴訟が落着するまではやむを得ないと考え、仕方なく会社の金を誤魔化して、なんとかやりくりしてきたものであつて、決して抗告人にそれだけの財産的余裕があつたからではないのである。

前記会社は最近の物価値上げに伴う人件費等経費の増加によつて純収益も低下の状況にあつて、現在も銀行より三五〇万円の借入金を受けている有様であり、かつ経理事務も整備されてきているので、今後は従来のように会社の費用を自己の用途に供するという不正行為を継続することはできなくなつたのである。

二、相手方の資産及び収入状況

(一) 相手方は女手一人で二人の子供を養育するとしても、同人には原審判の判示するように給料のほかに三七坪及び三六坪の宅地二筆と二階建のアパート壱棟を所有し、これまで毎月五万九、四〇〇円ないし六万六、八〇〇円の収入があつた訳があり、今後も、それ以上の収入が見込まれる状況にあるのであるから、子供二人を養育するとしても、抗告人よりさらに毎月三万円の養育費の仕送りを受けるという必要はまずないものと思われる。

(二) また、原審判は当事者双方の資産収入を比較勘案すれば、昭和三七年八月から同三八年一月までの間に抗告人が負担すべき養育費は一ヵ月四万三、〇〇〇円が相当である旨判示しているけれども、前述のごとく、抗告人及び相手方の資産収入状況を比較すれば、右金額は抗告人に余りにも過大なものであつて、明らかに不公平のものである。抗告人がこれまで三万円ないし四万円の養育費を負担してきたのは抗告人が会社の費用を自己の用途に流用するという非常手段に訴えたからこそ、できたものであるから、それを抗告人の正当な収入或いは支払能力として評価することは明らかに誤りである。

第四、以上の理由により、原審判は不当なものと云うべきであるから取消されるべきものと信ずる。

よつて本抗告に及んだ次第である。

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